国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所は2015年、独立行政法人医薬基盤研究所と国立健康・栄養研究所が統合して誕生した。医薬基盤研究所においては、世界最高水準の医療に寄与する革新的な医薬品等の開発に貢献するような、基盤技術の研究、生物資源にかかる研究、それらの成果等も活用した創薬支援を進めている。
その中で創薬デザイン研究センターの人工核酸スクリーニングプロジェクトは、核酸技術を柱に、大学などのアカデミアからの創薬シーズに核酸技術シーズを加えて企業に導出し、医薬品としていち早く実用化を図っている。
「単に創薬シーズに対して核酸医薬候補をスクリーニングするだけではなくて、新しいスクリーニング方法の開発や、設計手法の開発なども行っています」と話すのは、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 創薬デザイン研究センター 人工核酸スクリーニングプロジェクト サブプロジェクトリーダーの笠原 勇矢博士。
笠原氏を含む共同研究グループは2021年1月、架橋型人工核酸(LNA)を高精度かつ迅速に転写・逆転写可能な合成酵素(改変ポリメラーゼ)を開発し、改変ポリメラーゼを用いたスクリーニングによって世界で初めてLNAを含む人工核酸アプタマーを創出することに成功した。LNAを含む人工核酸アプタマーは、核酸分解酵素により分解されにくい性質を持ち、高い生体内安定性と二重鎖安定性を兼ね備えているため、今後治療薬の開発や核酸工学分野への活用が期待されている。
オフターゲットリスク評価にGGGenomeパッケージ版を導入
人工核酸スクリーニングプロジェクトでは以前より、DBCLS(ライフサイエンス統合データベースセンター)が公開しているGGGenomeウェブ版を利用して、設計したアンチセンス核酸のオフターゲットリスク評価をしてきた。ウェブ版でもGoogleスプレッドシート上での静的APIを利用した解析はできるが、解析速度や数に制限があり、アンチセンス核酸の配列設計におけるボトルネックの一つとなっていた。また情報流出リスクの観点から、ウェブ版ではなく、オフラインで解析して欲しいとの要望も出ていた。
「解析対象が数千、数万となると、一つひとつ実施するのは極めて困難です。今までは、数千、数万の対象をさまざまなファクターで数百種類程度まで絞り込み、それを一つひとつ解析していました。しかし、それでも数百程度にはなるのでかなり手間がかかります。どうにかできないかと悩んでいました」と笠原氏。
そんな折、2019年7月に開催された日本核酸医薬学会第5回年会において、レトリバがGGGenomeのパッケージ版を提供することを紹介され、すぐに検討を開始した。
検討の結果、アンチセンス核酸のオフターゲットリスク評価にGGGenomeパッケージ版の導入を決定。採用の理由を笠原氏は、オフラインで解析可能なことに加え、バッチ処理の解析速度が速く、同時に複数配列を解析できること、D3Gの配列データベースが搭載されていることを挙げた。
普段の研究ではMacを利用しているため、Windows OSに慣れていないところもあったが、レトリバの丁寧な導入支援により、比較的容易に導入することができたと笠原氏は評価している。
複数配列の一括検索で工数を大幅に削減
2019年に導入以降、創薬デザイン研究センターでは毎年度、更新版を導入し、GGGenomeパッケージ版を活用している。「設計した数百種類のアンチセンス核酸のオフターゲットリスク評価に使用し、その評価結果をもとに実際に合成・評価する配列を絞り込むことに利用しています」と笠原氏。配列設計に精通した技術補助員が使用し、利用頻度は週2~3日程度という。
使い勝手について笠原氏は「申し分ないと思います。特に専門知識がなくても、パソコンを動かせる技術があれば簡単に操作できます。データベースについては、D3Gのヒト、マウス、ラット、カニクイザルのsplicedとpre-spliced RNAのデータベースをよく利用しています」と話す。
GGGenomeパッケージ版の導入によって、さまざまな課題が解決している。GGGenomeパッケージ版はオフラインでセキュアに利用できることに加え、複数の塩基配列を同時に検索したり、データベースを横断して検索したりすることができる検索支援機能がある。以前は手作業で数百種類の候補配列を一つひとつ、すべて入力して解析し結果をコピー、という単純作業をひたすら繰り返すことで人為的なミスが発生したり、検索の工程に時間を要していたりするため効率が悪かったが、GGGenomeパッケージ版の導入により解消した。
導入効果について笠原氏は「体感としては、手間は1/10くらいになりました」と高く評価する。解析・設計のスピードが大幅に向上したことで、その分並行して他の解析を行ったり、複数のパターンで解析を回したりなどできるようになり、効率とともに精度も高まっている。「以前は数百種に絞ってから解析という流れでしたが、GGGenomeパッケージ版のおかげで今は、全通り評価してオフターゲットリスクの少ないものをピックアップして、次の評価に進めていくような流れもできるようになりました」(笠原氏)。
また検索支援機能に加え、注目遺伝子ハイライト機能も利用している。「GGGenomeパッケージ版前提で配列設計の方法を最適化しています。注目遺伝子ハイライト機能の利用も含め、新しい設計の評価指標を作れないかと検討しています」と笠原氏は説明する。
人工核酸スクリーニングプロジェクトが目指しているのは、「患者一人ひとりの病態に特化した“オーダーメイド医療”の実現」だ。笠原氏は、「核酸医薬だけが持つ特性を生かして、患者さんの遺伝子情報をもとにした、その方だけの治療薬をお届けしたいというのが私たちの願いです。難しい面もありますが、世界で進んでいる分野ですので、私たちも遅れることなく進めていきたいと考えています」と展望を語った。